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2014/06/22

「隷書崔子玉座右銘」鄧石如

「隷書崔子玉座右銘」恵古臨'12.9
世誉不足慕。
惟人為紀綱。
隠心而後動。
「隷書崔子玉座右銘」鄧石如

▶鄧石如:
1743-1805。清代中期の書家。家計が苦しく書と篆刻を売り歩いた生涯。権力者におもねることもない性来の強さで天真を養った。碑学派の祖と称される。

▶隷書崔子玉座右銘:
鄧石如60歳の書。崔子玉(漢代)の座右の銘は「文選」に収録されている。鄧石如は書を売って生活の糧としていたので、銘や箴(しん)など額や掛軸として需要の多いものを書いていたと言われている。

2013/06/05

王羲之「蘭亭序」全臨!

「蘭亭序」古游全臨 全紙
最近の私のブログはまるで書から離れているような内容ばかりで…
実は兢書の提出に追い回されているため、ブログを書く時間があまりありません…
やはり書のブログは内容の説明を入れたいので後回しになってしまいます…
ブログ書く時間あったら書の練習…なんちゃって^^;

そして今日。
蘭亭序の全臨書き上げました!
全文字数324字。
私が書くと6時間かかります!!
王羲之「蘭亭序」

先週書き上げたのは2文字誤字があったため、没。
で、再度挑戦しました!
(写真はまだ落款書いてません…失敗したら泣く)

床にフエルトを敷き詰め、その上に四つん這いのような
恰好で書いてます。
なので首が重くて痛くなり、最初は胸がムカムカ気持ち悪くなったりしました。

形がとりにくく書きにくい印象があった蘭亭は
実はあまり好きではありませんでしたが、
王羲之という偉大な古典と向き合っているうちに
美意識のあるしゃれた字形に気付くことができました。
(気付くのが遅い…^^;)

その字形は、縦長に、横長に、三角に、逆三角に、右に傾き、左に傾き、大きく、小さく、太く、細く、変化極まりない。一字一字が四角い枠に収まることなく、これによって美しい空間が生まれている。
清雅堂 王羲之蘭亭序 張金界奴本

▶蘭亭序
東晋時代(353年)、王羲之が蘭亭にて禊の行事を行った。そこには清らかな曲水が引かれていて名流41人が杯を浮かべ詩を興じた。その時の詩を集めて詩集とし、王羲之がその場で書いた序文が蘭亭序。
書体は行書、形状は横巻28行、総字数324字。真蹟は太宗皇帝と共に埋葬されたため存在しないが、多くの模本が伝存する。

▶王羲之
生年は明らかではないが、東晋の太安二年(303)とする説が有力で、これによると蘭亭序は51歳の書となる。書道史上楷行草の各書体を芸術的に至らしめた功績により最も重要な存在であるため、書聖と言われている。

2012/06/18

「升色紙」いまはゝやこひしなましを…

「升色紙」恵古臨'11/3

「升色紙」恵古臨'11/9
「升色紙」伝藤原行成筆



   いまはゝやこひしな
    万 者      悲  那

   ましをあひみむと
          三

   たのめしことぞ
          登 曽

   いのちなりける
         那 利


 あの人がいつかお逢いしましょうと
 約束した言葉こそは
 私の命の支えであったのに…





好きだから書きたくなる。
3月と9月の臨書。
6ヶ月後に何か変化があったような…


初めて升色紙を見た時、この重ね書きに感動。一目惚れした。
重ね書き、余白、間のとり方…洗練された美意識にもう溜め息。
線の濃淡・太細はもちろん、丸みを帯びたような字形ひとつひとつも洒落てる。


升色紙は、平安の “三色紙”(升色紙・寸松庵色紙・継色紙)のひとつ。
清少納言の曽祖父にあたる清原深養父(きよはらのふかやぶ)の家集「深養父集」を書写したもの。藤原行成(972-1027)の筆と伝わるが確証がないという。


升色紙の散らし書きは、どれ一つとして同じ書式がない!
升色紙特有の持ち味を醸し出している。
粋で自由奔放な魅力に驚嘆するばかり。


長谷川等伯「松林図」
かな古筆は日本の美意識のはじまり…?!


特に松を見え隠れさせる「松林図」は
余白の美・濃淡・重ね…といった
美意識と重なる。


違い棚、左右非対称、塊的なレイアウトなど
絵画や建築の中にも共通の日本の美意識がある。





2012/05/23

「皇甫誕碑」欧陽詢

 「皇甫誕碑」古游臨書

 「皇甫誕碑」欧陽詢

最近、競書提出に追われていて臨書をアップする余裕なし。
提出日の前日は徹夜に近い状況だ。
毎日少しずつ書く習慣を付ければいいのだけど…
毎度、半紙の楷書・行書、条幅の楷書・漢字まじり、
細字など5〜6種を一度に書くはめになる…(汗)

今日は、スキャンしやすいので細字をアップ。
皇甫誕碑はかの有名な九成宮醴泉銘を書いた欧陽詢の書。
まだ、大きな違いを捉えていない自分は、
今のところ九成宮と同じようなイメージで書いている。

しかし、小さい字は集中力を持続させるのがつらい。
3行書いたら、数倍休む…

 皇甫誕碑法書
▶皇甫誕碑:随王朝に仕えた名臣の一人であった皇甫誕を、子息の無逸が顕彰した碑。碑文は于志寧(うりねい)の撰、書丹は初唐三大家の一人欧陽詢。立碑年月の記載がないが、欧陽詢の官名から貞観11年(637)前後(欧陽詢の最晩年期)と想定されている。
▶皇甫誕(554-604):随王朝に仕えた誠節の名臣。晩年、楊諒(ようりょう)が併州に兵を起こして反乱した時、皇甫誕は節を守ってそれに従わず、諒の軍に敗れて殺害された。
▶欧陽詢(557-641):初唐を代表する文人。代々南朝の豪族だったが、彼の父が謀反で処刑されたため、父の旧友の高官に教育を受けた。不遇な環境に育ち、顔かたちが醜く背も低かった欧陽詢は、大変聡明でたゆまぬ努力を重ねた。
▶欧陽詢の書:王羲之の影響を強く受け、それをさらに新時代の精神によって均整美を発揮し、めまぐるしく姿を変えつつあった楷書の典型を確立したことで、「楷法の極則」といわれた。細く引き締まったやや縦長、背勢の技法は、欧法と言われる。
▶初唐の三大家:
欧陽詢(557-641)・虞世南(558-638)・褚遂良(596-658)

2011/12/10

「九成宮醴泉銘」欧陽詢


「九成宮醴泉銘」恵古臨書 ’11/12 半紙小字

 「九成宮醴泉銘」欧陽詢


拙い自分の臨書をブログに載せる意義があるのか、
よくわからないけど。
(どうしてこんなこと始めたんだっけ…>u<)

自分のために載せているのだと思います。

奥が深くて終わりがない…
遠い道程に愕然とする ↓
書の道…


「楷法の極則」と言われる九成宮は楷書の基本として
初心者はここから始めることが多いと思います。
だけど実は一番難しいかも。
楷書は自分の癖や欠点が目立ちやすく、ごまかしがきかない。
書けば書く程、難しくなる。
くずして読めないような書体の方がまだ楽かもしれません…


でもこの凛として上品で洗練された楷書が安定して書けるように
なりたいものです♥


▶九成宮醴泉銘(632年)
唐楷の代表作。(水源に乏しい九成宮にて)唐の太宗が皇后を伴い離宮内を散策中、偶然に
醴泉水が湧き出ているのを発見。記念碑の建立を命じ、唐三家の一人欧陽詢(76歳)がその任に当たった。

2011/08/15

「関戸本古今集」あきののに おくしらつゆは…

「関戸本」恵古臨書'11/3
「関戸本」伝 藤原行成 筆

関戸本は、太い字や連綿がおそろしく延々と続いたり、かと思うと細い線が続いたり、とっつきにくく苦手と感じてしまう書です。


その中でもこの句は極細で繊細な線で
書かれています。
細くはかない蜘蛛の糸のように、
限りなく細い線を目指す気持ちで臨書しました。


あきのゝに お久し羅徒ゆ盤(あきののに おくしらつゆは)
堂万な連や 徒らぬ支可九る(たまなれや つらぬきかくる)
くものいと春ぢ(くものいとすぢ)
 だいしら春(だいしらず)


蜘蛛の巣に置かれた白露が朝日に輝いている様子。
秋の野に置かれた白露は玉なのだろうか。
それを蜘蛛の糸が貫いて草葉にかけているが、なんてきれいなのだろう。
古今和歌集

2011/07/31

「高野切第一種」あまのはら ふりさけみれば …

「高野切第一種」恵古臨書 '10/3

「高野切第一種」


高野切は「古今集」二十巻を三人で寄合書きしたもので
第一種から第三種まであります。

誰が見ても上手だなぁと思うような緩やかに流れる上品で美しい線。
第一種がとても好きです。


 あま能(の)はら 不りさ介(け)みれ盤(ば) か須可奈る
 美可さのやまに いでし 徒(つ)支(き)可も



唐の国で月を眺めて阿倍仲麿が詠んだ歌。
天空をはるかに見晴らすと、今しも月が上がったところである。
思えば昔、まだ若かった私が唐土に出発する前に、
春日の三笠の山の端から上がったのも、
今夜の月と同じようなものであったなぁ。


古今和歌集より

2011/07/30

「良寛書詩歌巻」良寛

「良寛書詩歌巻」恵古臨書 '11/6

「良寛書詩歌巻」恵古臨書 '11/6
「良寛書詩歌巻」良寛


書いてみると間のとり方が非常に難しい。
窮屈に見えない空間というか宇宙がある。
やっぱり良寛は上手いと実感する。
表現がその時によって本当にいろいろで奥が深い。
味がある。芸術性がある。


そして、なんか不思議と気持ちいい。
すべてを捨てて「天真に任せる」
自然体のままに生きる良寛が表れている。


だから線が気持ちいい。


▶良寛(1857-1831)江戸時代の曹洞宗の僧侶、歌人、書家。

2011/07/13

「風信帖」空海

「風信帖」恵古臨書 '10/6(半切1/2)
これは清書というより、残った墨を使っちゃおうとして薄めて、
ささっと書いたので解放されちゃってますよ、気持ちよく。
風が大きくて変ですけど。


「風信帖」空海


▶空海(774-835)
平安初期の三筆(空海・嵯峨天皇・橘逸勢)の一人。


▶風信帖
王羲之の書法の影響が窺える空海の代表作。
空海から最澄宛の手紙3通を総称して風信帖と呼んでいる。
天来書院「テキストシリーズ」より

2011/07/12

「松風閣詩巻」黄庭堅


「松風閣詩巻」恵古臨書 '10/3(半切1/3)
「松風閣詩巻」恵古臨書 '10/3(半切1/3)
「松風閣詩巻」黄庭堅

大好きな黄庭堅の「松風閣詩巻」です。
個性的でモダンな行書ですね。行書の中で一番好きかも。


▶黄庭堅(1045-1105)
師の蘇軾とともに、顔真卿以来の革新的な書風で独自性がある。筆法へのこだわりはよく書を学び、筆力を鍛錬し、草書へ邁進した。
▶松風閣詩巻(1102)58歳時晩年の大作
風光を愛する地にある楼閣に黄庭堅が松風閣と名付けた。その時に書いた自作の詩。
二玄社中国法書選より


2011/07/11

「継色紙」君をおきて あだし心を わがもたば…

当初のブログの目的である ”筆の記録” をやっと始められそうです。
臨書の記録をしていきます。(label:臨)


ただ今、顔真卿の「建中告身帖」を全臨中です。
なんと半紙に2文字ずつしか書いていません。
家じゅう半紙の山。
そんなわけで少しずつ整理しながら
今まで清書したものをアップしたいと思います。

「継色紙」恵古臨書 '09/12

まずは、難しいけど大好きな継色紙(つぎしきし)から。
日本の三大色紙の一つです。
言葉の途中で改行されていたりして、とても読みにくいのですが、
間のとり方、斜め書きなど美観を優先していることが素敵です♥♥


高野切のように滑らかな線というよりは、何か引っ掛かるような
小粋な線が魅力です。


伝小野道風筆「継色紙」
きみをおき
て あ多(だ)し ご
故(こ)ろを わ
がも多(た)者(ば)


すえ能(の) 
松山
なみも 
こえ那(な) 
舞(む)


心が変わらないことを誓った歌。
あなたをさしおいて他の人に心を移すなんてことがあろうものならば
あの海岸にそびえる末の松山を波が越えてしまうでしょう。          ー古今和歌集より


▶臨書とは
古典・古筆を模写すること。あらゆる古典書家の書風を学ぶことにより自分の書風を見い出します。
▶三大色紙:「継色紙」「寸松庵色紙」「升色紙」